あずまんが大王

あずまんが大王を見た。

可愛いものが好きなのに、背が高くかっこいいといわれてしまう榊と、見た目はかわいいのに頭脳抜群で小学生から飛び級で高校生になったちよちゃん。

榊は本当はかわいくいたい。「かっこいいより、かわいいのほうが強い」と榊は言う。

一方ちよは公園で昔の小学校の同級生たちが遊んでいる姿を見つける。

高校生になったらもう小学生のようには遊べない。

夕暮れの公園、榊はちよに寄りそう。

ちよは榊の願望そのもの。しかし、そのちよでさえ、いずれは海外留学をし、遠くの地へ飛び立ってしまう。

この投稿のトップ画像は、牛腸茂雄の写真をもとに描いてみた。牛腸は幼少期に難病にかかり、ベッドで過ごした。牛腸は友達と公園で遊べるような幼少期を過ごしておらず、大人になって写真を撮る際、願望の対象として公園の子供たちを撮影した。

また牛腸は病気によって、心は大人でも体は小さく子供のようだった。大人でもない、子供でもない疎外感。子供の集団に寄り添いながらも、傍観し、願望を投影する。

これはあずまんが大王の榊の存在に似ている。

牛腸茂雄の写真集self and othesの最後のページには、グラウンドに砂煙が上がり、子供たちが霧の中に走り去っていく写真が載っている。

牛腸は幼少期の頃から病気により死の淵をさまよったため、霧の向こうへ子供たちが走り去っていってしまうことは、願望との別れ、生との別れ、やがて来る死という忘却の表れでもあると思う。

一方、あずまんが大王でも学校の友人たちと雲の中を駆け回るシーンがある。(9話『なんで・・・?』)

最初みんなは霧の向こうへ消えて行ってしまうのだが、走っていくと皆榊のことを待っていて、霧の中で榊とちよは抱きあい皆はそれを見て楽しそうに笑う。榊は願望の中に浸っているように見える。

失った幼少期に対する理想化された子供時代。どちらも、子供時代がなかったからこそ描ける、手の届きそうで届かないはかなさが美しい。

↓参考サイト

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