「君たちはどう生きるか」の世界観を考察する:ナチスと戦争、そして黒魔術について

一昨日、レイトショーで見てきた。本当に素晴らしい作品だった。あと何回かは映画館で観たいと、初めて思った。ひとまず、この映画のファーストインプレッションをここに記録しておく。

今回は物語の意味の考察というよりは、次々と起きる怪しげな出来事の裏にある、魔法の仕組みについて考えてみた。

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ギレルモデルトロ監督との類似。戦争下の抑圧と子供たち

まず大まかな設定を整理する。

時代:太平洋戦争
主人公:気の強い少年
父:軍事工場の長
死んだ母:一度戦争で死亡
新しい母:再婚相手であり、次のこどもがおなかの中にいる。
悪魔:アオサギの姿をしていて、母が待っていると話し、地下世界へ主人公を招き入れる。

そして、これにそっくりな設定の物語がある。それが、ギレルモデルトロ監督のパンズラビリンス。こんな感じ。

時代:スペイン内戦
主人公:優しい少女
死んだ父:戦争で死亡
新しい父:軍隊の指揮官
母:再婚相手であり、おなかの中に子供がいる。
悪魔:パンという牧羊神

どちらも似通っているが、主人公の性と、亡くなって再婚した親の性が反転している。

「となりのトトロ」が「ミツバチのささやき」を元にしてる事が有名だが、「パンズラビリンス」と「みつばちのささやき」は類似している。今回はギレルモ監督の解釈を挟んで更に宮崎駿が再解釈した形になる。

少女の下降

宮崎駿の物語ではいつも少女が下降し、少年がそれを救うシーンがあると思う。ラピュタは天の城から、ナウシカは腐海から更に底へ、少女は世界の深層へ落下していく。パンズラビリンスでも同様に、少女が地下世界へ下降していくが、今回の君たちはどう生きるかでは主人公は男だった。

少女の落下を作り出すために、今回は主人公の死んだ母が若返って少女になり、少年より先に地下世界へ下降してく。

姉妹と心臓を使った儀式が、もう一つの世界への扉を開く

今回、塔の内部には大きな太陽の魔法陣があり、一連の出来事はある種の儀式だったのではと考えている。というのも、塔の内部の空間と出来事が、他の映画でも登場する黒魔術、錬金術に似ているからだ。

似た構造として、ギレルモデルトロ監督のNETFLIXのドラマ、「ギレルモデルトロの脅威の部屋」の第六話「魔女の家での夢」、そして、劇場版鋼の錬金術師「シャンバラを継ぐ者」があげられる。

ここではどちらも、現実の世界ともう一つ裏側の世界があり、夢や特殊な儀式で二つの世界が交わるという展開になっている。

そして、その儀式に必要なのは二つの世界に隔てられた兄弟とその心臓だった。

鋼の錬金術師では、兄が現実世界のナチスに、弟が錬金術の実在する並行世界にいた。
魔女の家での夢では、兄が現実に、死んだ妹の魂が異世界の森にいた。
どちらも兄は別れた兄弟に会うために儀式を行うが、魔女の家では、心臓を捧げれば妹に会えると人面のネズミに誘われる。

今回の映画では、死んだ母は姉妹の姉だった。姉の魂が向こう側の世界にあり、妹は魔法陣のへ連れてこられる。そしてアオサギは主人公の心臓を喰らおうとしていた。主人公がアオサギを上手く撃退したためにここでの儀式は失敗したが、おそらく向こう側の世界と現実世界の融合させるような儀式を目論んでいたのだろうと考えた。

世界の存続のための儀式、二つの世界の融合と賢者の石の生成

更にもう一つ、今回行われていた儀式は、賢者の石の創造だったのではと考えている。

鋼の錬金術師を見たことがある人ならわかるかもしれないが、錬金術の目標の一つに、あらゆる物質、生命を生み出す力として、賢者の石がある。鋼の錬金術師では、死んだ人間を錬成することはタブーとされているが、賢者の石を使えば可能とも言われる。魔女の家での夢も、兄はそのタブーを犯してしまう。

アオサギは、古代エジプトでは太陽神ラーの使いとして現れる。

今回主人公は、死んだ母への再開を求めていた。そして塔へ入ると魔法陣と死んだはずの母がいる。しかし、触れる母の体は壊れていく。ここでも死者の復活の儀式が現れているのかもしれない。

アオサギの計画がうまくいっていれば、心臓を渡せば母親を生き返らせてやる、と主人公に契約を持ちかけていた可能性もある。

もう思い出せないが、途中どこかで登場した(大叔父が登場した)薔薇のシーン。あれは賢者の石を作ろうとしたドイツの秘密結社、薔薇十字団を意味している可能性も考えた。

また、アオサギは賢者の石と同様に永遠の命を持つフェニックスも表しているが、賢者の石の生成と、フェニックスの色変化は共通点がある。

まず、フェニックスは燃えることで黒化し、灰にまみれても生き続ける。次に赤くなり、完全体へ成長する。賢者の石も、うまく生成できれば黒、白、赤へ色が変化するという。

今回の映画で登場した母親は、まず炎に焼かれて死体も残らないほどになってしまった。それが炭化(黒)を表す。しかし、アオサギの言葉により、死んだはずの母が、生きているという復活の流れがある(白)。そして向こうの世界で見つけた母親は、赤く燃え続けていた。母は少女の姿をしており、生と死の循環がはじまっている。そして主人公は父の再婚相手である女性の方を母と呼び、そこは赤いカーテンに閉ざされた産屋だった。ここで母の死から再生へ向けての赤が強く表れている。

ここから、ひょっとすると物語で起きる母の死から、産屋への流れも含めて、賢者の石を作り出すための儀式だったのではないか、とも考えられる。

https://www.greyheron.org/wp-content/uploads/2012/05/heron-as-image.pdf

ヒトラーの探し求めた地下世界、死と戦争の理想郷

今回、向こう側の世界に行って最初に待ち受けていた、糸杉で包まれた島。

あれは、神秘主義の画家、ベックリンの描いた「死の島」だった。死の島の付近をキリコさんが見回っていたが、キリコはベックリンの影響を受けたシュールレアリスムの画家の名前と同じだ。

死の島の重く暗いビジュアルを、あの大画面で見れたのは大変よかった。

あの絵は、ヒトラーも気に入って飾っていて、ナチスドイツでもポストカードが作られていたらしい。というのも、大量虐殺を肯定したいヒトラーにとって、死の漂う世界観は都合がいい。さらに、ヒトラーは元々画家を目指していたが、失敗したことで前衛芸術へのコンプレックスも抱えていた。その後ろ向きな姿勢から、彼はベックリンのような写実的な絵画を気に入る。

そして更に、先ほど劇場版鋼の錬金術師の設定でも少し触れた、ナチスがチベット仏教に登場する地下世界「シャンバラ」を探索したという設定、これは実はよく聞く話。ヒトラーはもう一つの世界へのカルト的な関心を持っていた、という話をよくネットで見かける。(ソース未確認)薔薇十字団がドイツにあることも関連するかもしれない。

これらのことから、今回の向こう側の世界は、ヒトラーの求めていた、死と戦争を肯定する理想郷、シャンバラだったのだろうと考えた。

祖父の夢を占拠するインコの独裁帝国。孤独と死の崇拝、そして世界征服への欲望

また、あの世界を作り出した祖父は本に囲まれて暮らしていた事は内向的な性格を示し、あの豪華な屋敷の入り口には唐獅子の絵があり、強さや支配を示している。そして主人公の言う、墓石による積み木とそこにある悪意は、ヒトラーの死の肯定にもつながる。そうしたヒトラーとの類似点から、向こうの世界を占拠しているインコの独裁国家が生まれたのではないか、と考えた。

祖父がいた庭園にオリジナルのインコがいて、兵隊のインコがそれを祖先だ、ということ。そしてその庭に行くときインコたちがダメージを喰らうのは、おそらくかつてインコが知恵の実を食べ、あのように進化し、庭を追放されたことを示しているのだと思う。アダムとイブの歴史をなぞって。

インコたちは、祖父だけではなく、人間の知と欲望の歴史の表れだった。

巨大な木造船に置かれた赤い竜の旗。トルメキア軍とナチスのつながり。

キリコさんに連れてこられた、あの巨大な木造船の残骸。その中の船室に、赤いドラゴンの旗があったように見えた。まだ映画を一度しか見ていないので、確証はないが…あれは、風の谷のナウシカでトルメキア軍が掲げていた物に似ている。
7/27再度見て確認したところ、青い地に赤と金で描かれた竜の絵で、トルメキアの物とは違いました。

調べてみると、トルメキア軍の旗はジブリの作ったDSのゲーム「二ノ国」にも似た物が登場するため、作品をまたいで登場することも違和感はない

何故登場したのか考えてみたけれど、きっとトルメキア軍の支配と、ナウシカで他国の長を簡単に殺害していた姿勢が、ナチスのような死のイメージが現れているからだろう。ジブリ作品の中であそこまで支配的な国家は他はいない。

また、赤いドラゴンはウロボロスを想像させ、トルメキア軍も永遠の命を求めていた可能性も感じさせる。トルメキアは支配のために巨神兵も掘り起こしたため、そうした欲望が向こうの世界を探したヒトラーとも重なっていくだろう。ここに旗があったことは、トルメキア軍も、欲望の果てに隕石と契約し、向こう側の世界へやってきた可能性があるのかもしれない。

ジブリの世界に登場する、魔法と支配と滅びの力。

さっき、ナウシカとの関連に触れたため、他のジブリ作品との関連も考える。

ジブリにおける支配と魔法にはどういったものがあったか。時系列をもとに、整理してみた。

今回これらの世界、そして魔法の起源は空から落下した巨大な岩、隕石にある。更に、魔法は隕石と契約した祖父の子孫に受け継がれていることが映画内でキリコに説明されている。これは、ラピュタの制御権がシータに継承されていることにも通じると思う。

ハウルは流れ星のカルシファーと契約し、君たちはどう生きるかでの祖父は隕石と契約した。恐らく飛行石も空からやってきた天体であり、シータの子孫は飛行石と契約を交わしたのではないか、とも考えた。

飛行石の魔法により作られたラピュタはソドムとゴモラを焼き払い、世界を支配した。ハウル達も、魔法の力でやがて兵士となり、戦争へ。今回の映画でも、魔法のちからで知恵を得たインコたちが独裁的な国家を作っていた。これらから、空からやってきた隕石が奇跡の力を示し、契約者とその子孫に力は継承される、そしてその力は戦争へ向かうという法則が見えてくる。どの映画でも、最後は魔法の継承者が戦争のない世界を望み、契約を解除して魔法を放棄するような描写がある。

石について更に共通点を探ってみる。

ハウルの幼少期を描いた作品として、ジブリ美術館で上映されている「星を買った日」がある。これを見てから10年以上たっているので内容が思い出せないが、タイトルから星との契約を想起させる。また、小さな星がたくさん空中に浮遊しており、ビジュアルは、耳をすませばの主人公の書いていた小説「イバラード物語」の世界に酷似している。これは井上直久の描く絵画がもとになっているが、この画家の描く星は有機的なスポンジ状になっていて、今回の隕石と全く同じ構造をしている。更に、耳をすませばでは、石は七色に光り、今回の隕石も七色に光る。ラピュタでは石たちは青く光り、ポム爺さんはそれを石のざわめきと表現。そして、今回の隕石も、ざわめいていると母が言った。

また、ハウルの城の空間は現実の空間と一致していなかったため、今回の塔と同じ存在だろうと考えられる。特に、今回向こうの世界に存在した時空を超える扉のデザインが、ハウルの城についていた扉と全く同じだったことが決定的だった。扉の上に着いた、黒といくつかの原色の円盤。それが回転し、色を指し示す。そしてドアを開けると別の時間、空間へつながる。
7/27再度映画を見て確認したところ、実際にはデザインは違っていました。

こうして、これらの地球外天体を同等のものと考えると、色々と納得する。イバラードや星を買った日では、重力に反して大きな岩が浮いていたが、その力があればラピュタが浮いていることも説明できる。ラピュタの飛行石の青い発光現象が、放射能のチェレンコフ光じゃないかという説をよく聞いていたが、それはあくまで込められたテーマの上での話で、実際には違ったのかなと思う。

また、魔法の力がインコに知恵を与えたのでは、と話したが、この宇宙からやってきた物体をモノリスと考えるとより理解しやすいかもしれない。おそらく、ジブリの世界では猿の時代に隕石がやってきて、それにより猿が人へ進化した。それがインコの進化から示されているのかもしれない。

13の世界とその崩壊

以上のことから、過去のジブリ作品全てとのつながりを示唆しているように思われる今作。

ラストシーンでは、神が重ねていた積み木は13個あり、それが過去のジブリ作品の数と一致する。
あの石は向こう側世界の均衡を示しており、最後はインコの王に破壊されてしまう。

メタ的な視点は今までのジブリ作品ではあまり直接的に見られなかったと思うけれど、先ほど紹介したハウルの扉が出るシーンや、増え続けるインコの描写は、映画「マトリックス」を連想させる。マトリックスも、世界はすべてコンピューターの中のフィクションだった。

そのため、今回のこれらの演出は、ジブリ作品は全てアニメーションの中の出来事だとアニメの中で自己言及し、ジブリの終わりを告げているのだと思った。

今回の映画は宮崎 駿の埼の字がへ代わり、新しく宮﨑 駿へ生まれ変わっている。これは既に引退宣言をしていることから、過去のジブリの世界を作ってきた監督の死、そして生まれ変わりを示しているように思う。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございます。結構長くなってしまいました。。

他の映画との関連は、もしこうだったらいいなぁというも妄想も大きいです。とてもいい作品だったので、また映画を見にいって、確認でき次第、追記したいと思っています。

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